大河ドラマ「炎立つ」(第一部)を観た感想

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高橋克彦の「炎立つ」を読んで感動したので、大河ドラマ化された同作のDVDを借りて観ました。

小説を読む前から大河ドラマの原作だということを分かっていたので、読んだときは出演者を調べて、顔を想像しながら読みました。

渡辺謙は藤原経清のイメージにぴったりだし、佐藤浩市も源義家のイメージに合っていました。
村田雄浩の安倍貞任は少し意外でしたが違和感なく想像できました。

そういうわけで、観る前からハードルが上がりまくっていたこともあり、ドラマを観て、当然とは思いましたが想像との落差にがっかりしてしまいました。

渡辺謙と佐藤浩市は、概ね想像の範囲内でした。
渡辺謙はまだ若いこともあって、「ラストサムライ」ほどの重厚さはありませんが、顔の迫力はやはり凄いです。
佐藤浩市もイメージの8割くらいの出来という感じ。

残念だったのは村田雄浩で、アマゾンの口コミ評価なんかではかなり評価が高いですが、私のイメージとは全く異なりました。
原作では貞任は 、うつけ者と呼ばれたのは演技で、実は思慮深く、冷静なイメージだったのですが、ドラマでは、短気な荒くれ者というだけの感じで、人格的な深みが全く感じられませんでした。
最後の合戦シーンは迫力ありましたけどね。

平永衡の新沼謙治も、想像の中では適度な抜けさ加減、小物さ加減がぴったりだと思っていましたが、ドラマではただ型どおりの武士っぽい演技を重苦しくやっているだけでした。

女たちはさらにひどく、結有は経清と貞任をたぶらかして喧嘩をさせて物陰から見て喜ぶというようなわけのわからない行動をとるし、流麗は貞任と結婚する前に好きな人がいたというエピソードが端折られ、ただ貞任が嫌いというだけのワガママな女になってしまっていました。
財前直見のビジュアルを含めて、義家が惚れることに違和感を感じてしまいます。
どうしてそこ原作と変えるのかな?ということが多く、脚本家の女性観が出てしまっていますね。

唯一想像の上を行っていたのは、吉次役の西村晃の顔の迫力くらいでした(笑)

DVDを一枚見終わるごとに、ここでやめようかと迷いましたが、役者の熱演だけにひかれて、ギリギリ踏みとどまり、最後まで観ました。
最終回まで見たら、原作のイメージが薄くなって、それなりに感動しました。

たぶん、最初にドラマを観たら、かなり感動したのかもしれません。
今まで原作を読んで感動して映像化されたものを観て、原作の上をいっていると感じたことはあまり記憶にありません。
どうしても時間的な制約で端折ることが多いから、比べると満足できないんてすよね。
別物だと思って観る心構えが大事なのかもしれないですね。

大河ドラマ「炎立つ」第二部を見た感想